14歳の頃に「O嬢の物語」を読んで焼印を入れられる場面に憧れていたという。
「本物の女王様にお会いするのは初めてです」
笑顔で跪くその男は既に還暦を過ぎていた。
(本物の女王様。本物の女王様がいるのならニセモノの女王様がいるのか。なんてそんな気持ちが浮かんだけれど、確かに私も19歳の頃初めてSMバーの扉を開いた時、「本物の女王様だ!」と感激したものだ。)
そんな頃から憧れていたのにどうしてこんな歳になるまでやらなかったの?
「楽しみは最後にとっておきたかったんです、ケーキのイチゴを最後に食べる人いるでしょう?そのタイプなんです」
「ダメなことは何もないです、たくさん痕をつけて欲しいです、火傷に憧れています」
そう言って1mgのタバコをテーブルに置く。
タバコに火をつけて、肌に近づけると。
口元が緩んで、笑みが溢れる。
わらう。
初めてだから。今日私たちは初めて会ったから。
お互いに間合いを取り合う。
これ以上やって大丈夫なの?
ダメかもしれない、でも止められない。
本当はもう少しやりたい。
どうしよう。
(どうしよう。こんな瞬間も私にとっては快感がある。)
一本鞭の痕を沢山残して、少しの火傷の痕をつけて。
この痕が消える前にまた来ます、とそう言ってさよならをした。
その男は10日も経たずにまた私の目の前に現れた。沢山のプレゼントを持って。
勿論火傷の痕も鞭の痕もしっかり残ったまま。
最高でした、気持ちよかったです。
その言葉に私は少し安心した。
初めての経験でそんなに痕を残して大丈夫だったのか。
大丈夫だったのね。
じゃあ、今日はこの前よりもきっとずっと近づける。もしかしたら中入り込めるかもしれない。
タバコに火をつけさせて、一服。
おいで、こっちにおいで。
身体に残る無数の火傷の痕。
鞭の痕。
笑顔。
私は、まだ誰にも押していない、私の名前の焼印を「今日は絶対に押さないけれど、これあるんだよね」と見せた。
その男は、
「暖炉のある別荘を持っているので、いつかそこへ招待したいです。皮膚が焼ける匂いを、嗅いでみたいです」
とまた笑った。
海の見える丘の上にひとりで暮らしているというその男は、人生のケーキのイチゴを少しずつ食べ始めている。
終わりのはじまり。
私はいつからプールが嫌いになったんだろう?
いつまで楽しく泳いでいた?
最後の記憶。
その家に暮らした時期はとても短かかった。
向かいに公園がある古い家。坂道の途中。
小学3年生の頃だった気がする。
その公園の隣、つまり私の家の斜向かいに暮らしていたお兄さんのことを思い出した。
お兄さんは何歳だったんだろう。名前も思い出せない。元から知らなかったのかもしれない。
お兄さんは木目のセドリックに乗っていて、たまにアメリカっぽい奇抜な色のおもちゃをくれた。
特によく覚えているのがドナルドダッグのペッツで、首を曲げると出てくるラムネのようなお菓子はあまり美味しいとは思わなかったけれど、何となくおしゃれっぽい感じがした。このお菓子を全部食べちゃったら中身はどこで買えるんだろうと不安でほとんど食べなかった。 私の家には無い奇抜な色。
夏休み。
ぼんやりとした記憶だけれど、私はそのお兄さんと市民プールに行った。
私の手を取って、泳ぎを教えてくれた。
お兄さんのパサパサの金髪が濡れていた。
何故そのお兄さんとプールにいたのか。
他の友達も家族もいなくて、お兄さんと私だけだった。
それは憶えている。
それからすぐ近くだったけれど、新しい家が建ったのでそこに引っ越して、お兄さんと会うことはなくなった。
公園に遊びに行った時に木目のセドリックが駐車場に停まってるのは見たけれど。
多分それがプールで楽しく泳いだ最後の記憶。
今でも私はプールは大嫌いで、最後に入ったのは大学の体育で、入らないと単位をもらえないとのことで渋々入った。
その時、何かあったらドラマチックだし、トラウマを語れるかもしれないし、何かを訴えていたかもしれない。
けれど、ぼんやりとしか思い出せない、夏の思い出。
十三花
佛淵さんの作品は画集「美人画づくし」で拝見してからずっと気になっていました。
何故。この女性はこの服装でこのポーズを。
何があったのか。
美しいのは勿論だけれど、奇妙。惹きつけられました。
まさか自分がその中に入るなんて。
仕上がった作品を見た時はとても衝撃的でした。
デッサンのモデルをする際に佛淵さんに
「十三花さんの骨が好みなんです」
と言われて正直何を言っているのかさっぱりわからなかったけれど、作品を見て解りました。
これは私しか知らない筈の私。
耳の位置と首から肩にかけてのライン、そして足首。
骨だ。
私のマゾが観た感想がおもしろくて笑っちゃった。
足元とかそっくりだなと思ったのですが、目の雰囲気が少し僕のイメージと違ったのと髪型も違うように見えました。
だって君は私の足元に這いつくばって、私が見つめても目を逸らすじゃない。
そもそも私は君の前ではこんな目をしないよ。
十三花
「次は私の服着てみるといいよ、持ってくるからさ」
睫毛の長い彼にそう言ったのは、貸し出しの女装用の衣装がぶかぶかだったから、ただそれだけ。化粧をしたらとても可愛かったのに衣装は緩すぎた。
きっと私の服も入るだろう、そんな小柄な男のひと。
化粧を施して 赤い下着と黒タイツを着せて。
私の赤いワンピースを着せて、ロングのウィッグを被せる。
「ちょっと、私みたいじゃない?似てる、」
なんて冗談混じりでそんな事を言った。
ベッドに座らせ、背後に回る。
後ろ手に縛る。縄を二の腕に這わせた時ときに、感じた。
私だ。刺青の無い私。
二十歳より前の、少女の頃のわたしだ。
首筋がゾワっとした。だって、私がいるから。
私を縛る。私が。
きつく縛る。締め付ける。締め付けられる。
自由を奪う。自由を奪われる。
麻縄の締め付けを肌に感じる。締め付けているのは私。
うつ伏せにされて少し苦しい、脚まで自由を奪われてしまった。
手のひらに触れる。
触れているのも、触れられているのも。
わたしだ。
私はわたしを縛り、わたしは私に縛られている。
顔は見れなかった。それがとても気持ちよかったから。
わたしでなくなるのは少し惜しい気がした。
縄を解き、ペットボトルを差し出した。
わたしは喉が乾いていたから。
わたしの頭を私の膝に乗せ、部屋の明かりを全て消した。
私は暫く何も言わなかった。
わたしは何も言って欲しくなかったから。
十三花
そのひとは、とても物腰が柔らかく、美しい言葉を操り、博識で上品だ。
季節でいうならば秋。
優しい顔をしていて、スマートフォンはもちろんのこと携帯電話を所有していない。
何事もひとつひとつ丁寧に楽しみ、吸収しているひとなんだと思う。
私の知らないことも丁寧に教えてくれて、もしすぐに私から会える場所、例えばカフェのマスターだったり図書館の司書だったりしたら、話をしたい時にすぐに会いに行っている筈だ。
そんなひとが裸になりハイヒールを履いた私の前に跪く。
そうするとそのひとはどんどん堕ちていく。
簡潔に言って仕舞えばどんどん馬鹿になるのだ。
欲に塗れた醜い姿。
賢いひとがどんどん私の目の前で馬鹿になっていく。
欲を満たして笑顔になる。
特に麻縄で宙吊りになるととてもだらしない表情になる。
ああ、さっきまでの紳士はどこにいったの。
私はそのひとの振れ幅がとても好きだ。
跪く前と、シャワーを浴びて元に戻った時。
私はその人に対して自然と敬語になる。
私より随分と歳上の紳士。
そのひとに会うとき、私の背筋はいつもより伸びている気がする。
十三花
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。