私はいつもハイヒールを履いている。
ハイヒールを履くと私は良くなる。
とても。それは見た目より何より気分がいい。
ハイヒールの踵の底にある小さなゴムは歩くとすぐにすり減ってしまうので頻繁に修理をする。
どこにでもある、靴の修理屋で。
私がこのまちに暮らし始めてすぐの頃。
いつもの様にあのまちにもあった修理屋へハイヒールを修理に出した。
私より少し若い様に見える店員の青年。
翌日受け取りに行くと
「ついでに磨いておきました」
と私のハイヒールをカウンターへ出し、
「こっそりオマケしておきますね!」
と沢山スタンプを押したスタンプカードをくれた。
すぐに無くしてしまうのでその場で断る予定だったけれど、せっかくオマケしてくれたのなら、とその日はスタンプカードを財布の中にしまった。
なんてサービスのいい店舗なんだろうと感心し、「ちょっと得したな♪」位に思っていた。
それから何度ハイヒールを修理に出しても、同じだった。
「'ついでに'磨いておきました」
「'こっそり'オマケしておきますね」
一瞬の会話と。
私のハイヒールに触れる、黒ずんだ指先。
もしかして。
この子はハイヒールフェチなのかもしれない。
そう思いついてから修理に出しに行くのか楽しみになってきた。
私はあの黒ずんだ指先をハイヒールの細い踵で踏みつける妄想をする。
カウンターの中にしゃがみ込んで'こっそり'匂いを嗅ぐ姿を妄想する。
そうだったらいいのに。
いつの間にか
「'ついでに'磨いておきました」「'こっそり'オマケしておきますね」という言葉の前に、ピカピカに磨かれたハイヒールを出されてすぐに私から
「いつもありがとう」
と言うようになった。
夏の日のこと。
「今月いっぱいで別の店舗へ転勤になります、今までありがとうございました」
と告げられた。
次の店員は、(当たり前だけれど) ついでに磨いてくれなかったし、こっそりオマケもしてくれなかった。
お客さんみんなに'ついで'と'こっそり'をしてあげていたサービス精神旺盛の店員だったのかもしれない。
もしかしたらただ1人の女性としての私に気があったのかもしれない。
だけれど、私の妄想の中ではあの子はハイヒールフェチの変態で、'こっそり'私のハイヒールの匂いを嗅いで、踏まれる事を夢見ている。
今日ハイヒールを修理に出して
「磨きはどうされますか?」と訊かれた時にふっとそんな事を思い出した。
十三花
罰
既に仕込んでしまっている身体だった。
その犬は。
鞭の音を聴くと安心すると言っていた。
目隠しをして身の動きを封じて、暫く閉じ込めてそれを解くと 怖かったですと心底安心したような声を出した。
首輪をはめるだけで、硬くなった。
こんなのはどう?なんて冗談めかしく話をするだけで眉をこまらせて興奮していた。
そんな犬が私を裏切った。
そしてそれへの罰を考えた。
あの犬が出来ないことは何。
私は剃刀と貞操帯の鍵をテーブルの上に並べた。
どっちがいいいか自分で選んでごらん。
賢い犬は鍵を選ぶと外されて、それはさよならを意味することだとすぐに悟ったのだろう。
迷わず剃刀を手に取った。
それで、私を切ってごらん。
そういうと途端に剃刀を持つか細い手は震え出した。
あんなに震えている手は初めて見た。
あの犬が出来ないことは何。
それは、主を傷つけることだ。
剃刀の刃は鈍い色をしていて、きっと光ってはいなかったのだろうけれど、記憶の中のそれはキラキラと光っている。
震える、と言うよりは暴れる犬の右の手首を掴む。
さあ、切ってごらん。
できなかったらさよならだ。
呼吸を荒くして。
犬は私の腕の内側に剃刀の刃を置いた。
私の白い肌にゆっくりと、赤い線が浮かんだ。
それから遅れて、ぷつぷつと赤い点がふたつ。
よくできました。これからも一緒だね。
どうしてそんな顔するの?笑ってよ、
涙を流す犬は無理矢理口角を上げた。
初めて見る顔。
そんな顔は私しか知らなくていい。
私は自分の内側で弾ける音を聴いた気がした。
震える犬を私は強く抱きしめた。
昔のはなし。
十三花
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。