夏の夜。
背筋の伸びた、礼儀正しい異国の青年。
彼の胸元には、煙草を押し付けたよりは少し大きい、艶のあるケロイド状の傷痕があった。
指先に触れるとつるつるとしていて、ぷっくりと柔らかく、なんとも心地いい。
それは煙草の痕なのか、訊ねる
違う、
と彼は言った
誰にやられたのか、女王様にやられたのか、訊ねる
違う、
と彼は言った
かつての恋人に、噛まれた
と言った。
私は幾度となく人の肌を噛んでいるけれど、あんな傷は見たことがない。
きっと噛みちぎったに違いない。
私の肌は粟立つ。
何があったのか、どんな状況で。
血はどれくらい出たのか、その噛みちぎった皮膚や肉はどうしたのか。
それはどんな味なのか。
どれほどに噛めばそんな風になるのか。
・・・・。頭の中がいっぱいになったけど、訊いたのは、もうひとつだけ。
また、その恋人に会いたい?
彼は、少し照れたような、困ったような顔をして、こう答えた。
少しだけ、会いたい
そんなに酷い傷を付けられてまで会いたいなんて。
そんなに酷い傷を付けられたから会いたいのだろうか。
私の肌は更に粟立ち、胸が締め付けられた。
その日は彼を沢山蹴ったり、ビンタをしたり、首を絞めたりしたような気がするけれど、私のこころは彼の過去に向いてしまっていた気がする。
私の指先はあの傷の感触を今でもふっと思い出し、そこから様々な物語を妄想する。
私もいつかは、あんな傷が出来るほどに、噛みちぎるほどに、愛おしくて、感情を剥き出しに出来る人に巡り合うんだろうか。
傷痕にはその数だけ物語がある。
それはSMプレイの傷でも、手術の痕でも、事故の痕でも。
私の身体の傷痕のお話は、またいつか、ね。
十三花
- 2018/02/04(日) 22:35:10|
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