「次は私の服着てみるといいよ、持ってくるからさ」
睫毛の長い彼にそう言ったのは、貸し出しの女装用の衣装がぶかぶかだったから、ただそれだけ。化粧をしたらとても可愛かったのに衣装は緩すぎた。
きっと私の服も入るだろう、そんな小柄な男のひと。
化粧を施して 赤い下着と黒タイツを着せて。
私の赤いワンピースを着せて、ロングのウィッグを被せる。
「ちょっと、私みたいじゃない?似てる、」
なんて冗談混じりでそんな事を言った。
ベッドに座らせ、背後に回る。
後ろ手に縛る。縄を二の腕に這わせた時ときに、感じた。
私だ。刺青の無い私。
二十歳より前の、少女の頃のわたしだ。
首筋がゾワっとした。だって、私がいるから。
私を縛る。私が。
きつく縛る。締め付ける。締め付けられる。
自由を奪う。自由を奪われる。
麻縄の締め付けを肌に感じる。締め付けているのは私。
うつ伏せにされて少し苦しい、脚まで自由を奪われてしまった。
手のひらに触れる。
触れているのも、触れられているのも。
わたしだ。
私はわたしを縛り、わたしは私に縛られている。
顔は見れなかった。それがとても気持ちよかったから。
わたしでなくなるのは少し惜しい気がした。
縄を解き、ペットボトルを差し出した。
わたしは喉が乾いていたから。
わたしの頭を私の膝に乗せ、部屋の明かりを全て消した。
私は暫く何も言わなかった。
わたしは何も言って欲しくなかったから。
十三花
そのひとは、とても物腰が柔らかく、美しい言葉を操り、博識で上品だ。
季節でいうならば秋。
優しい顔をしていて、スマートフォンはもちろんのこと携帯電話を所有していない。
何事もひとつひとつ丁寧に楽しみ、吸収しているひとなんだと思う。
私の知らないことも丁寧に教えてくれて、もしすぐに私から会える場所、例えばカフェのマスターだったり図書館の司書だったりしたら、話をしたい時にすぐに会いに行っている筈だ。
そんなひとが裸になりハイヒールを履いた私の前に跪く。
そうするとそのひとはどんどん堕ちていく。
簡潔に言って仕舞えばどんどん馬鹿になるのだ。
欲に塗れた醜い姿。
賢いひとがどんどん私の目の前で馬鹿になっていく。
欲を満たして笑顔になる。
特に麻縄で宙吊りになるととてもだらしない表情になる。
ああ、さっきまでの紳士はどこにいったの。
私はそのひとの振れ幅がとても好きだ。
跪く前と、シャワーを浴びて元に戻った時。
私はその人に対して自然と敬語になる。
私より随分と歳上の紳士。
そのひとに会うとき、私の背筋はいつもより伸びている気がする。
十三花
「私たちは夢を与える職業ですからね」
同業の女性にそう言われて思わず
「えっえっわっ私は夢なんか与えて無いです、どちらかといえば与えてるのは絶望です」
と返してしまった事がある。
私は夢を与えていない。
夢は怖い。叶わないかも知れないし、いつか必ず覚めるから。
先月私の元に初めてやってきた二十歳の男の子が、1ヶ月も経たないうちにまたやってきた。
初めて会った時思わず、
「おうち帰る?」
と聞いてしまったほど幼い。
聞けば音楽をやっている私の友達のTwitterで私の写真を見て、いつか会ってみたいと思っていたそうだ。
もしかしたら、こんな事は知らずに、こんな事はしなくても生きていけたかも知れないのに。
一通り色んなことをして、最後は指一本で触れるだけで震え上がる身体にしてさよならをした。
(彼の初めてを沢山たくさん貰った。)
そして一ヶ月も待たずの再会。
「こっちの方が全然気持ちいいっす!」
坊主頭でツルツルのほっぺたでそう言う彼に私は
「そう、そうなんだけどね。君は恋愛もして、彼女も作って、結婚して、子供を作らなきゃダメだよ」
と返してしまった。
夢を与えるとするならば
「そうよ、お前は私なしでは生きていけない身体になったのよ」
とか
「そうよ、もうお前は私の奴隷よ」
なんて言ってあげた方がよかったんだろうか。
さよならをした後に思い返した。
そうしなきゃダメだよなんて言ったけれども。ダメなんてことはない。
そう言う選択肢もあるという事を伝えたかった。
一生私の奴隷なんてことは基本的にはまずあり得ない。
第一私はマゾのことを奴隷とは呼ばない。
それは夢の話だ。
現実。
鞭で痺れたのは現実。
穴を弄ばれてイキ狂ったのも現実。
蝋燭を垂らされて熱くて堪らなかったのにどんどん固くなっていったのも現実。
死んじゃうかも、と思った絶望も現実。
現実だけれども、元に戻れる、ある意味インスタントな絶望。
私はこのインスタントな絶望が堪らなく好きだ。
死んじゃうかも(殺しちゃうかも)なんて一瞬本気で思っても、シャワーを浴びて部屋を出ると、いつもとなにも変わらない歌舞伎町が広がっている。
あの子は。彼は、これから沢山の様々な経験をするだろう。
私のマゾとしては勿論だけれども、彼の男として、人としての成長を見ていたい。
そして、その男として、人としての成長に私が関わることができたらいいな。
十三花
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。