私が初めてルーズソックスを履いたのは24歳になってすぐの頃だった。
当時私は名古屋に住んでいた。
SMバーからSMクラブに移籍してすぐの頃。
夜。
先輩二人と一緒に呼ばれた。
ひとりは私より20は上のベテランの女王様。ハイブランドを身につけて上品な佇まいで、誰よりも人気があった。
もうひとりは一回りくらい上だったんだろうか。
眼鏡をかけていて緊縛が得意な、とても美人なミストレス。
大先輩たちと一緒にゆるい坂道を下ってホテルへ向かう。
先輩たちは随分と痩せていて長身の、「そのひと」に何度も会ってプレイを重ねているようだった。
'いつも通り'に。
「そのひと」が先輩方に用意した衣装。
その衣装は私にも用意されていた。
ー本当に汚いわけじゃなくてわざとこんなふうに着色しているだけなんで安心して履いてくださいね、
そう言って「そのひと」はバスルームで待機していた。
ブルマの体操着と足の裏が汚れたルーズソックス。
一体これはなんなんだ。
先輩方がその姿になるととても滑稽に思えた。
私はまだ年齢的にいちばん大丈夫なのではないか?
いや、大丈夫とは一体何なのか。
服を着たままの姿で「そのひと」は私たちの前に再び現れた。
跪く訳でもなく。
では、という感じでそれは始まった。
「てめー!ふざけんじゃねーよ!!」
「テメェわかってんのかオラ!!!」
上品で美しい先輩ふたりはそんな汚い口調で罵りながら「そのひと」を蹴りだした。
このひとたちは女王様じゃなかったのか。
「ご調教宜しくお願いいたします」
と跪いて始まるもんじゃないのか。
混乱しながら私も先輩方に倣って「そのひと」を蹴り飛ばした。
そんな汚い言葉遣いは今まで口にしたことがなかった。
ぎこちない口調で先輩方に倣う。
それはまるでお遊戯会のセリフのようにわざとらしい口調だったと思う。
あっという間だったような、長かったような。
それは今では思い出せない。
兎に角とても衝撃的だったのは憶えている。
その夜、私は眠れなかった。
艶やかなエナメルのボンデージと美しいハイヒールは必要ないのか。
鞭は?縄は?蝋燭は?
私はSMクラブの「女王様」になったはずだったのに。
何故あんなブルマの体操服とルーズソックスを身につけなければならないのか。
なぜ先輩方はあの滑稽な姿に当たり前のように変身したのか。
「その人」は度々私の前に現れた。
先輩方と一緒の時もあれば、一人で「その人」が待っているホテルに向かうこともあった。
疑問を抱きつつも、「その人」のリクエストに従った。
それからだんだん「その人」は、その理由を少しずつ私に話した。
誰にでも話せる訳ではない思い出。
それで蘇る興奮。
それでしか味わえない快感。
私は「その人」の、思い出の中に入り込むことを許可された気がした。
SMクラブ。
女王様と呼ばれて、私が奴隷と呼ぶひとが跪く。
鞭を打つ、拘束をする。辱める。
そういうものだと思っていたし、そうでなければいけないと思っていた。
「その人」を蹴る度に、人それぞれの心や体の開き方が違うことを知った。
勿論それで興奮する人も沢山いるけれど、エナメルのボンデージファッションは人によってはただの記号に思えてきた。
SMとは、女王様とは。
こうあるべきである。
それは今までの誰かが積み上げてきたことに倣っているだけであった。
SMクラブ。
そこは、誰にも話せなくて誰にも満たして貰えない欲求を告白しにくる場でもある。
そのやり方が「調教」というスタイルに括らなくてもいい筈だ。
「その人」が教えてくれた気がする。
開かれていく姿を感じることで私は興奮する。
それは、たくさんのひとに出会って気付いた。
さて、明日はどんなひとに出逢えるでしょうか。
新宿は歌舞伎町。
SMクラブミルラにて。
心が、体が、開く瞬間を。
私はとてもたのしみにしています。
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。