ポチとは私がSMクラブに勤め出してすぐに出会った。
当時名古屋のSMバーからSMクラブに移籍した私にとっては、「決められた時間内で、密室で、2人きりで行うSM」は初めてだったので戸惑うことが多かった。
随分と年上の先輩のプレイを見学させて頂いた際にとめど無く唇から溢れる「責め」の言葉に驚いた。
その流暢にいやらしい責めの言葉を操る姿は本当に美しかった。
SMバーにいた頃は檻や陳列された拷問具や、赤い壁に随分と助けられていたということをラブホテルの白い部屋に立って痛感した。
見よう見まねで先輩の様に一生懸命何か話さなくてはと頑張ってみた。
お前は変態ね、いやらしい子ね…
自分の言葉ではないセリフだった。
こんなこと私に出来るんだろうか。
縛ったり、鞭を打ったり。そんなことができたって何もできない。
私の心はそこに乗らずにただ白い部屋に漂っていた。
そんな日々の中でポチは私の元にやってきた。
真っ黒に日焼けした長身。
大きな荷物を持って。
シャワーを浴びて出てくると、目と口だけ穴の空いているレザーのマスクを被り、レザーのTバックを履き、さまざまなベルトの様なものを体に巻きつけていた。
いつも通りに歯の浮く言葉責めをした。
「いいんです、何も言わないで大丈夫です、私の目を見てください。」
私の心がその言葉の中にないのがバレてしまった。
恥ずかしい様な申し訳ない様な、それよりもホッとした気持ちになった。
レザーに囲まれた目をじっと見つめているとポチはみるみる高揚した。
白い部屋に漂っていた私の心はすとんと私の中に戻ってきた。
そして一本鞭を何度も打った。
黒い肌に、赤と言っていいのかわからない、どす黒い様な線がつく度に、ポチは震えながら悦んだ。
私の体に血が巡っている。
生きている。
私は興奮した。
これだ、私が私であることをやっと実感できた。
それから幾度となくポチは私の元へやってきた。
正装とでも言おうか、レザーのマスクを被り私の足元へ跪き
御調教宜しくお願い致します。
と
きちんと挨拶をした。
幸せだった。
とても立派な「女王様」になれた気がした。
腕がクタクタになる程一本鞭を打ち、血が滲んだ。
アナルに拳を挿れた。
ポチが持参する様々なかっこいい拘束具を使った。
「私が一番幸せを感じる時は、きっと、十三花様に殺される時です」
今まで聞いたどんな言葉より痺れた。
東京へ引っ越してから、何度かポチと個人的に会った。
そして、ある日。
「夢の中で十三花様がこれをかざして微笑んでいました。とても美しかったです…」
と静かに微笑みながらテーブルの上にナイフを置いた。
刺してほしいという事なんだろう。
それはすぐにわかった。私はその時初めてポチに恐怖を感じた。
私はポチに目隠しをして椅子に座らせ枷やボンデージテープや縄や様々なもので完全に動けなくなる様に拘束した。
そしてそれを眺めながら煙草を燻らした。
どうしよう 戸惑いがあった。
揺らいでいた。
もちろん、思い切り刺すわけにはいかない。
でも、ナイフを使わないわけにはいかない。
迷った挙句、私が刺青を入れて他に比べて痛くなかった場所、二の腕をほんの少し切った。
ほんの少しのつもりだったけれど、思ったよりも血は流れた。
それからポチには会っていない。
あの日ポチは私を越えてしまった。
立派な女王様になれた様な気がしていたけれど、きっとポチは私に出逢うもっと前からそんなことをしていて、跪いたのもきちんとご挨拶ができたのも誰かに教わった事なんだろう。 私のあの白い部屋に漂っていた心はポチのお陰で私の中に戻ってきたけれど、いつの間にか心にもハイヒールを履いてしまっていた。
そのハイヒールはポチが履かせてくれた事に、会わなくなってやっと気付いた。
だけど、あの時挫けずに今こうやってここにいられるのは、ポチ、あなたのおかげです。
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。