日が少しずつ伸びてきているのを感じる2月の終わりの午後6時半、歌舞伎町。
もっと尖った女性を想像していた。
もしサディストの女2人で手持ち無沙汰になったらいけないと思って、近場で犬を待機させていた。
目を見てすぐに犬は必要ないと判断した。
白くて柔らかそうな女の子、聞けば私と同い年。子供の頃に私が1年半だけ過ごしたまちから最近東京で暮らすようになったそうだ。
あの風の強いまちのどこかで、もしかしたら会っていたかもしれない。
私に憧れてこの世界に入ったと聞いて、何故?どこに?どうして?
こちらから色々と食い気味に質問をしてしまった。
緊張しているのがこちらにも伝わって、ぐっと近づいてみたら さっきまで滑らかだった白い肌にぶわっと鳥肌が立ってボツボツになっていた。
本当にこんなことってあるんだな。
生まれ育った環境や、どんな事をするのが好きなのか、なぜこうなのか。
互いにそんなことをききあった。
彼女は私にプレゼントをくれた。
CHANELの口紅。
私の好きな色。
最後にひとつお願いがあります
彼女は自分用の口紅も買ってきていて、それを私に塗って欲しいと言った。
そして部屋に飾りたいと。
そんなことを言う彼女の瞳を見つめていると私の底から湧き上がってきた。
私は彼女の口紅を手にとり、覆い被さるように対面に上に乗り、顎を掴んだ。
違うんです、そうじゃなくて
そう言う彼女の唇に色を塗る。
目を閉じないで、ちゃんと私の目を見て
震えが伝わる。
綺麗に彩られたその唇に、私の唇を乗せる。
ファーストキスなんて忘れちゃったけれど、こんな感じなんでしょうね
そんな事を言う彼女の柔らかそうな胸元は、すっかり大人のかたちをしていた。
私は彼女にとっての何なんだろう。
画面越しにずっと見ていたという私の生身の姿は彼女にどう映ったのだろう。
私、最近何に鳥肌がたったっけな。
ああそうだ。つい数時間前。午後5時半を過ぎたあたりのこのまち、東京がどんどん青に包まれていってあっという間に夜になった時だ。
この季節のこの時間の東京はなんて、なんてきれいなんだろうってそう思って鳥肌がたったんだ。
もうすぐ春です。
飛んでいっちゃいそうね、
下着姿になった彼女の胸元は震えていて、まるでそこにいる蝶々は羽ばたいて飛んでいってしまいそうだった。
そんなことを考えながら肌に触れる。
それは皮膚に無数の穴を開けて置かれたインクでしかないことくらいは充分にわかっている。
●
彼女に初めて出逢ったのは2年前の夏だった。
「こうやって会ってみたいと思う女王様は初めてでした」
確かそんな様な事を言われた気がする。
それからもう一度、彼女は私に会いに来た。
私と同い年の女。
ラッキーストライクの紫煙。
青紫の空気を纏った、少し陰のあるいい女。
そんな印象だった。
歌舞伎町のラブホテルで、私と同い年の女を縛って、打って、抱きしめた。
そして一緒に風呂に入った。
●
ホテルの扉を開いてその姿を見た瞬間に、2年前の雰囲気とは随分と違って見えた。
かわいい。私に懐く様な視線を向けてくる彼女は、(もしあるとしたら)尻尾を振っている。
私にずっと会いたかったんだ。聞かなくても解る。
私は? 1番お気に入りの赤いコートを着て、クリーニングから受け取ってきたブラウスを着て。
昨夜は早く寝た。
二年前は「女王様」に会いに来ていたのだと思う。
この日は違うように思えた。その内側の私に会いに来た。そんな気がした。
●
飛んでいきそうな蝶々を捕まえる。
彼女の真っ直ぐな視線に私は照れてしまって思い切りできない様な気がして、レザーの全頭マスクを被せた。
滑らかな肌に触れる。
呼吸が荒くなるのを感じる。
きっと私は彼女にとっての「女王様」ではないしそうでありたくもない。
彼女は私の「奴隷」ではない。
しかし友達でもなく、恋人でもない。
プレイメイトで片付けたくない。
きっと私たちが繋がるのに1番適した方法がこれだっただけ。
関係に名前をつけなくてもいい。
彼女の事をこうやって思い出しながら言葉を綴ると、暴れる蝶々の鱗粉があの狭い部屋いっぱいにキラキラと舞っていた様な気がして、とてもいい気分になるのです。
また、会いたいな。
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。