年に1、2度会うだけの仲。
10年以上前ー私が名古屋のSMクラブに所属していた頃から、ずっと。
飛行機に乗って、私の行ったことのないまちから来る。
きっとあのひとは私を追っていない。そんな気がする。
これを読むかも解らない。
連絡先も知らない。
背が高くて、優しい顔をしているひと。
こんな世の中になってしまい3年近く会わなかった。どうしているだろうと偶に思い出した。もう一生会わないかもしれないとすら思った。
予約が入った時はとても嬉しかった。責めたい、何をしたい、とかではなくて。
顔を見たかった。
「お元気でしたか。」
「うん、凄い元気!元気だった?」
元気でしたよ、との返事を用意した耳に
「大きな病気をしてしまいましたが、治りました。」
と入ってきた。そうだ、出逢った頃からこんな白髪混じりの髪だったっけ。それから10年以上経っている。そんな返事があってもおかしくない。
出逢った頃と変わらぬ優しい顔、すらりと伸びる美しい脚。
この人は私が褒めるまで自分の脚がきれいだって事を知らなかったんだっけ。
私によって意思を持った脚。ストッキングに包まれる事を待ち侘びていたに違いない。
女になりたい訳ではないと思う、ただ非日常を味わう為にブラジャーをつけて、ワンピースを着て、ストッキングを履く。
脱ぐ為に着るワンピースのするりとした裏地の質感。
化粧はどうするか訊ねたらしなくてもいいですと返されたけれど。
唇に色をのせた瞬間に激しく切り替わる事を私は知っている。
口紅だけ。 彩られた唇からは、ほら。吐息が漏れる。
這う麻縄、伝う蝋燭、弾ける革の鞭。
全ての感覚をこの肌は憶えていて、偶にそれを思い出していたに違いない。
こんな声をずっと出さずにいたに違いない。
長身のその姿に似合わない高い喘ぎ声。
楽しい、気持ちいい、恥ずかしい、苦しい。
そんなことよりなによりも。きっと彼も私と同じで、嬉しかったに違いない。
夜景と夕陽が綺麗に見えるというそのまちに、私も行ってみようと思う。
だけど会うことはないでしょう、だって連絡先すら知らないのだから。
私はここにいます。
また、来年。歌舞伎町で逢いましょう。
「タツノオトシゴって、メスがオスの体の中に卵を産んでオスが赤ちゃんを産むんだって」
タツノオトシゴの刺繍が入ったカーディガンを買った。
タツノオトシゴのピアスを作って姉にプレゼントしたことを思い出して、商店街の入り口にあるキラキラしたものが並んでいる店へ入る。
残念、赤いタツノオトシゴのパーツは売り切れ。代わりに白を選んで、でも赤も欲しくて瓶の中を眺めていたら貝を見つけた。
「これも可愛いのよ、」
マダムが話しかける。
赤い貝と、赤が混ざった貝。
艶々の貝殻。
「あなたは情熱的だからこっちがお似合いね」
赤い貝を差し出して微笑む。
そうなんです、私は情熱に満ち溢れてるの、
そんな返事をしておどけてみせたけれど、これはプラスチックじゃないの。
プラスチックの情熱なんてあるのかしら。
大体随分ともう大人なのにプラスチックでいいのかしら。
でもその貝もタツノオトシゴもイタリアから仕入れたって。
イタリアのプラスチックならなんとなくこのまちのプラスチックよりは情熱的だし大人な気がする。
結局のところ私は、白いタツノオトシゴと、赤い貝と、ほんのり赤い貝を買って、まだ明るい商店街をてくてくと後にした。
そして、昔々とても憧れていたひとの肩甲骨にいたタツノオトシゴのことまで思い出した。
夏至の手前の休日のできごと。
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。