「私たちは夢を与える職業ですからね」
同業の女性にそう言われて思わず
「えっえっわっ私は夢なんか与えて無いです、どちらかといえば与えてるのは絶望です」
と返してしまった事がある。
私は夢を与えていない。
夢は怖い。叶わないかも知れないし、いつか必ず覚めるから。
先月私の元に初めてやってきた二十歳の男の子が、1ヶ月も経たないうちにまたやってきた。
初めて会った時思わず、
「おうち帰る?」
と聞いてしまったほど幼い。
聞けば音楽をやっている私の友達のTwitterで私の写真を見て、いつか会ってみたいと思っていたそうだ。
もしかしたら、こんな事は知らずに、こんな事はしなくても生きていけたかも知れないのに。
一通り色んなことをして、最後は指一本で触れるだけで震え上がる身体にしてさよならをした。
(彼の初めてを沢山たくさん貰った。)
そして一ヶ月も待たずの再会。
「こっちの方が全然気持ちいいっす!」
坊主頭でツルツルのほっぺたでそう言う彼に私は
「そう、そうなんだけどね。君は恋愛もして、彼女も作って、結婚して、子供を作らなきゃダメだよ」
と返してしまった。
夢を与えるとするならば
「そうよ、お前は私なしでは生きていけない身体になったのよ」
とか
「そうよ、もうお前は私の奴隷よ」
なんて言ってあげた方がよかったんだろうか。
さよならをした後に思い返した。
そうしなきゃダメだよなんて言ったけれども。ダメなんてことはない。
そう言う選択肢もあるという事を伝えたかった。
一生私の奴隷なんてことは基本的にはまずあり得ない。
第一私はマゾのことを奴隷とは呼ばない。
それは夢の話だ。
現実。
鞭で痺れたのは現実。
穴を弄ばれてイキ狂ったのも現実。
蝋燭を垂らされて熱くて堪らなかったのにどんどん固くなっていったのも現実。
死んじゃうかも、と思った絶望も現実。
現実だけれども、元に戻れる、ある意味インスタントな絶望。
私はこのインスタントな絶望が堪らなく好きだ。
死んじゃうかも(殺しちゃうかも)なんて一瞬本気で思っても、シャワーを浴びて部屋を出ると、いつもとなにも変わらない歌舞伎町が広がっている。
あの子は。彼は、これから沢山の様々な経験をするだろう。
私のマゾとしては勿論だけれども、彼の男として、人としての成長を見ていたい。
そして、その男として、人としての成長に私が関わることができたらいいな。
十三花
はだけたDolce & Gabbanaのシャツからハーネスを覗かせて歌舞伎町に立つゆうこ。
ゆうこはとてもお洒落。シャツやジャケットは勿論、靴や靴下、ベルトまで拘っていて、サイズもぴったりでとてもよく似合っている。
ある日、プレイの後元の姿に戻ったゆうこに
「ゆうこは靴下までおしゃれなのね、」と話しかけたら、「十三花様にお会いするのですから、勿論新品をおろしました」と返ってきた。
ゆうこの身体はとても細くしなやか。
お気に入りの服を着こなすため、そして、私に跪くために週3でランニングをしている。
ゆうこは云う。
「醜い身体を晒すのは、十三花様に対して失礼ですから」
シャツを脱ぐといやらしいハーネスとボディストッキング姿になる。
いやらしく、それでいてお洒落に感じる。
そしてその姿で跪き、ゆうこはどんどんいやらしく乱れていく。
ゆうこは所謂「女装子」とも違うような気がする。
きっと。
心の中で飼育されているM女が表に出てくる。
独りの時も檻から出して楽しんでいるのだろう。
いやらしく、美しいM女を。
美意識の高いマゾヒスト。
ひとりの男性の心の中のM女。
庭には、たくさんの薔薇が咲くそうだ。
私が毎日の様に通る場所にその人は立っていた。
肩まで伸びた白髪混じりの髪から覗くイヤリングと、胸の膨らんだ白いフリルのブラウス。手にはスーツケース。
ここは昼下がりの歌舞伎町。
二人でスーツケースを転がしてホテルに入る。
ずっと独りでこんな事をしていたそうだ。ここから近いとも遠いとも言えない様な距離の田舎町で。
フリルのブラウスの中にはイギリス製のしっかり締め付けるコルセットを忍ばせて、くびれができている。
長い髪、大きな胸、くびれたウエスト。
「綺麗な髪ですね、そう、そんなふうに、片方の肩に寄せるのが夢なんです、」
私の黒髪を見つめるその瞳は心底羨ましそうだった。
少し日焼けした肌に色を重ねる。
「やり方がわからなくて」
「どれを買ったらいいかわからなくて」
私だって少女の頃、自分の顔に化粧をするとき、わからなかった。
試行錯誤の末いつのまにか日々の習慣となっていった。
眉毛を描いている時、そんな少女の自分自身を思い出した。
化粧をして、白髪混じりの髪を小さくまとめて茶色いウィッグを被り、ワンピースを着て。
私がいつも通っている歌舞伎町の道を腕を組みながら歩いた。
私にとっての日常の景色。
大きく引き伸ばされたアニメキャラの様なホストの看板、やたらと階段が目立つ商業ビル。
恥ずかしいより、興奮しているより、嬉しい気持ちが混ざっている顔でコーヒーを飲んだ。
加工アプリで撮影したその顔は、少女のようだ。
ホテルに戻り、私はボンデージに着替える。
縄で縛り、鞭を打ち、アナルに拳を挿れて。
そうだ私は昨日も鞭を握っていた。
だけど、この人、彼と言えばいいのか彼女と言えばいいのか難しいこの人は初めての出来事。
彼女、と呼んでみようと思う。
独りで、女性の服を着て、女の子に変身して、別の自分を楽しんでいた彼女。
優しい顔をした人。私は故郷の田舎町を思い出す。
もしかしたらあの小さな町にもこんな人がいたかもしれない。それはわからない。
特別な時間と非日常。
この時間は特別。きっと私が思っている以上に特別。
私は彼女の特別な時間を共有した。
理解していたつもりではいたけれど、彼女の仕草や私への眼差しから、私が思っている以上にこれはとてもとても特別な時間であることを再確認した。
私は、彼女の憧れの長い髪をきちんと手入れしてずっと伸ばしていよう。
もっと素敵になって、ずっと憧れの存在でいようとそう思った。
十三花
Author:十三花(TOMiCA )
拠点を名古屋から東京に移し、SM活動中。
まだまだ勉強中ですが、緊縛が好きです。
楽しいことが大好き。
SM以外の日常的な事も日々呟いています。