私が小学校に上がる前までに暮らしていた家のお向かいに、ジュンくんという4つか5つくらい上の男の子が暮らしていた。
ジュンくんはお兄さんだし、近所には同い年の女の子が何人も暮らしていたから、ジュンくんと遊ぶ機会はそんなになかったけれど。
ジュンくんの家にはジュンくんのお父さんとお母さんと。そしてお姉さんが一緒に暮らしていた。
「ジュンくんのお姉さん」ではなく、「ジュンくん'ち'のお姉さん」と呼ばれていたし、私もそう呼んでいた。
ジュンくんの本当のお姉さんではない。
そんな噂を聞いたけれど。
本当のお姉さんじゃないということはニセモノなの?当時はよく解らなかった。
ジュンくんのお父さんとお母さんは、まちの大きな中華料理店で働いていた。
お姉さんはそのお店のウェイトレスだった。
夜、たまにそのお店に家族で食事に行くと、お姉さんが笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えてくれるのだ。
真っ赤な、艶々のチャイナドレスに身を包んで。
ふわふわの茶色い巻き髪と、スラリと細い体に、チャイナドレス。
私はチャイナドレス姿のお姉さんを見ると、ドキドキした。
大きなメニュー表、回転テーブル。
華奢な指で並べられる中華料理。
目の前の料理よりも、私はお姉さんばかり見ていた。
そんなお姉さんは、丘の上の、同じような大きさの家が並ぶ、静かな住宅街には似合わなかった。
家の前で、近所の女の子たちと縄跳びやケンケンパやセーラームーンごっこをして遊んでいると、たまにお姉さんが車で出かけていく姿を見た。
ネイビーブルーのかっこいい車。BMW。
私はセーラームーンなんかよりずっとずっとお姉さんに憧れていた。
にっこりと笑いかけてくれる、大人の女性。
巻き髪、チャイナドレス、BMW。
幼い頃の記憶。
きれいなお姉さん。
不思議なお姉さん。
妖しいお姉さん。
憧れのお姉さん。
ジュンくんちのお姉さん。
私はすっかり大人になって、きっとあの頃のお姉さんよりも歳上になった。
チャイナドレスに袖を通した時。
お姉さんの妖しい笑顔が浮かんだ。
私はお姉さんの、名前すら知らない。
十三花
- 2018/10/29(月) 08:38:22|
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