1.
菊が怖かった。
子供の頃、大輪の菊の花が怖かった。
それは大きければ大きいほど、首輪をはめられていた。
大きければ大きいほど美しかった。
首輪をはめられている菊の側には、決まって老人がいた。
誇らしげな表情、ぴんと背筋の伸びたお爺さん。
それは菊より恐かった。
自身を支えきれない程に大きく光る菊の花。
この首輪を取ればこの菊は死ぬのか、そう思うと一層こわかった。
でも、目を離せなかった。
アサガオのそれとは違う、菊の首輪。
夕闇に浮かぶ大輪の菊。
2.
彼に初めて会ったのはいつだっただろうか。
彼にとって8年振りのそれ。
ずっと慕っていた方が引退してからこんなことはしていなかったという。
彼のそれは完璧だった。
私の大きな荷物を何の躊躇いもなくベッドの上に寝かせた。
彼は、柔らかな、高いベッドより、床を選んだ。
「お会いさせて頂きありがとうございます。」
8年振りに跪く。
きっとその瞬間は8年前、もっと前を思い出していたんだろう。
それから何度もそうなった。
私は彼の向こうに8年前のハイヒールを垣間見る。
きっと、美しく、立派で、完璧な女性。
こんな風に育てたのだから。
彼のそれを、こんなに大きく咲かせたのだから。
8年前に、首輪を取られた瞬間に。彼のそれは死んだのだろう。
3.
「私たち、初めて会ったのはいつだったっけ?」
「3ヶ月前です。」
もっと昔な気がしていたけれど、まだたったの三ヶ月。
私はまた新しく彼のそれを育てているけれど、まだ。
首輪をとっても大丈夫、たった三ヶ月。
死なない筈だ。
それを伝えたら彼は少し寂しそうな顔をした。
外したら死ぬくらい大きく育ててみたいと思った、9月9日。
菊の節句。
- 2017/09/11(月) 11:08:48|
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