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おいで、ほら、こっちおいで。
私は見つめる、黒縁の、分厚い眼鏡の奥を。
仄暗い部屋、空調の音。
私は優しく笑う、おいで。
人差し指と中指に挟む細い紫煙。
奴はなかなかこっちに来ない。
こわいよ、こわいよーと情けない声を絞り出して。
おいで、ほら、こっちおいで。
私の指に僅かな感触。
やっと、こっちに来た。
(叫び声。)
その瞬間爪先まで痺れが回っていく。
思わず私も声が漏れる。
ああこの痺れは何だか懐かしい。
少女の頃のキスに似ているけれど、それよりももっと。
◯
ガラスのテーブルに置いてあった彼の煙草。
なんとはなしに、勝手に、一本手にとって、口に咥えて火をつけて。
こっちおいで。
と、呼んでみました。
こわがりながら、それはそれはこわがりながら。
彼はこっちに来たのです。
さっきまで彼の煙草だったそれは私の煙草になって、その煙草の火に自らの乳首を押し付けて来たのです。
火と乳首がぶつかる瞬間を私は見ていません。
瞳を見つめていたから。
その指に微かに感じた返りに、指先、足の裏、爪先まで、痺れていくのを確かに感じました。
気持ちいい。
それは少女の頃のキスのように。それ以上に。
乳首に付いた煙草の灰。
大きく出張った腹の下の、半分に裂けておかしな形のそれは勃起し、更におかしな形になっていました。
「おいで。」
来て、より、来なさい、より、来いよ、よりも強い言葉。
私の好きな言葉。
私は、すっかり大人になって、少女の頃よりは鈍感になっている気がしていたけれど、ちっともそんな事は無いという事を教えてくれてありがとう。
私は、取り返しのつかない絶望のような何かに
手招きされている気がします。
十三花
- 2018/08/23(木) 15:58:29|
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